ふくろうの本棚

ふくろうには似ても似つかない限界独身男性が色んなことを書きます

無職本

はじめに:ブロガーもとい三日坊主

 前回の更新から1か月も過ぎてしまった。こう書くといかにもブロガーといった感じがしないだろうか。まだ記事は3本しかないけど。この1か月、本を一冊も読んでいないわけではなく、引きこもりの本とか、土葬の本とか、バイオロギングに関する本とか、いくらかは読了している。しかし、仕事が思った以上に忙しくて、文章を書くためのまとまった時間の確保ができなかった。さらに、下書きを中途半端に書いては消して、書いては消してということを繰り返している。文章を書くのがこんなに苦しいとは思わなかった。この文章もとてもブロガーっぽくていいなと自分で書きながらほくそ笑んでいる。

 いつも本を購入する家の近くの書店はとても大きく、30年近くを過ごした実家のすぐ側のTSUTAYAでは中々お目にかかれない本が陳列されている。珍しい本を見つけることができるのはとても嬉しいことである。つい先週も、この書店でシンプル過ぎる装丁の本が目に留まった。なにせ、白地に大きな黒文字で「無職本」とだけ書かれている。暗黒通信団の円周率表が思い出された。出版社は水窓出版という、これまで聞いたことのなかった出版社である。2021年4月時点でHPには5冊しか無いので、まだ新しい出版社なのだろう。カバーに作者名すら書かれていない。というのも、この本は無職の経験がある8人の筆者によるアンソロジーなのだ。色んな立場の人が考えていることに触れることはいい気晴らしになるだろうとこの本を購入してみた。

書評:無職本

 8人の筆者がどの程度の無職であったかは、それぞれ程度が違うようであった。前職から千代田区の会社に転職した茶田記麦や、雇われ書店員を辞めて独立した小野太郎などは、いわゆる「空白期間」の例だろう。一方で、「井之頭畜音団」というバンドに所属していた(2020年脱退)シンガーソングライターである松尾よういちろうや、映画監督である竹馬靖具などは、いつ無色に転落するか分からない不安定な状態にある。実際、松尾よういちろうは、あるカード会社のCMソングを作って得た金を元に新しいギターを買おうとしたら、そのカード会社からローン審査を拒否されたという、笑っていいのか悲しんでいいのか分からないエピソードを披露している。ブルーハーツのロクデナシIIにある、「ギター弾きに貸す部屋は無い」という歌詞の通りである。事務所所属からフリーランスに切り替わった声優である幸田夢波もその収入の大部分をブログの収入に頼っているようであるため、やはり不安定な状況にある。

 

このように、様々な境遇にある8人分の無職エピソードがエッセイから小説、漫画といったさまざまな形で表現されて集められている。前書きにも

はっきり言って本書はビジネス書や実用書のようにわかりやすい有用性はありません。

とあるように、単なる「自分語り」の作品を8つ集めただけである。しかし、8人8色の「無職人生」を垣間見られるのはこの本の魅力である。しかし、残念ながら、それぞれのクオリティに明確な差がある。ここで言う僕がこれらの作品に求める「クオリティ」とは、「どれだけ自分の人生を暴露してくれているか」である。以下で、この短編集の中でも、特にクオリティが高く、僕が好きな2作品を紹介したい。

松尾よういちろう:無職ってなに?

まずは松尾よういちろうによる「無職ってなに?」である。この作品は、ようは売れないバンドマンである松尾よういちろうの半生記ともいえるエッセイである。高校時代まで音楽にあふれ出る情熱を注ぎ、高校卒業後は工場勤務をしながらのミュージシャン活動を試みる。しかし、だんだん工場勤務に力を入れるようになり、うっかり正社員にまで上り詰めてしまうが、これじゃいかんと工場をやめて音楽に専念するようになる。そして理解のある妻や子供ができ、また違った心境でミュージシャンという職業に向き合う様が描かれている。松尾は

一般的に「無職」とは、定職に就かず、稼ぎのないことを指す。(中略)しかし、僕自身としては、就職し音楽と離れてしまっていた期間を「無職」だったと主張したい。

と書いている。このセリフは本当にかっこいいと思う。この文章を全部読んだ後に、YouTubeで松尾が歌っている「親が泣く」を聞くと、その歌詞の一つ一つが実感を持って響いてくる。ちなみに、妻と子ができた、ってところは、今はやりの「理解のある彼君が」みたいな漫画を読んだときと同じ気持ちで読んでいた。

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 茶田記麦:浮草稼業

 もう一つは茶田記麦による「浮草稼業」である。明言はされていないが、作者の転職までの空白期間を日記形式で描いた私小説なのだと想像して読んでいた。無職期間中はきっと心細いものだろう。ジムのトレーナーから食べたものを大声で確認されたときなどは必要以上にストレスを感じたかもしれない。また、節約のために水分補給のための水筒も我慢しなくてはいけないというのも情けないはずである。だからこそ、「無職記念」の小旅行を企画してくれた友達や、おそらく姉から世話を依頼された姪とのエピソードが心安らぐのである。無職期間はいつまでも続かず、4か月で次の職場を見つけたところで、ある意味希望を残してこの短編は終わる。すっきりした読後で、この作者(=主人公)の続編を読んでみたいという気分になった。しかし、この人は一体何者なんだろう?小説家では無いようだが・・・。

おわりに: 「無職」の生の声

 以上が水窓出版の「無職本」の感想である。紹介しなかった6編についても、それぞれが異なる個性を持っている。エッセイもあれば短編小説もあるし、漫画もある。読者によっては様々な感想を抱くであろう。もしかしたら、逆説的なんだけれども、元気をもらえるかもしれない。というのも、この短編集の作者たちは、スーパースターとは違って、中々注目されない側の人々である。しかし、この短編集では、こういった人たちにもスポットライトを当てて、生の声を記している。一緒に頑張ろうぜ、って言われた気にならないだろうか。このような短編集は、小さい出版社であるからこそ実現したのかもしれない。小さい出版社らしく、出版後のフォローアップも充実しており、ホームページに行くとnoteによる特集ページが公開されている。そこだけ読んでも、本書の雰囲気がつかめるかと思う。

 ただ、作者達のほとんどは、無職であることを乗り越えたり、無職の状態から抜け出た人たちであるから、悲壮感をあまり感じず、職を失って、つらい状況の只中にある人にとってはちょっとリアリティに欠けるんじゃないかなぁとも感じた。これは、この本の欠点ではないとは思う。なにせ本の目的はルポライターではないわけだから。ただ、読んでいる間、そこがどうしても拭えない違和感としてはあった。考えすぎかなぁ?